「音楽のちから」とは? その1 ~考え始めた最初のきっかけ(田原)

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#音楽
田原 ゆみ
日本音楽療法学会認定音楽療法士。横浜相原病院ほか音楽療法士。昭和音楽大学ほか非常勤講師。博士(音楽療法)。
私はいま、音楽療法における「音楽のちから」というテーマで研究を進めています。
昨年の音楽療法学会の自主シンポジウムでは、「語られない『音楽のちから』に目を向ける」というタイトルで話題提供をしました。
語られない「⾳楽のちから」に⽬をむける | 第25回日本音楽療法学会シンポジウム(田原) | 書きもの・Journal | 音楽療法水脈研究 りんこま
また、3月のりんこま合宿の記事の中でも、このテーマについて少し触れました。
りんこま合宿のご報告~研究テーマについても少し(田原版) | 書きもの・Journal | 音楽療法水脈研究 りんこま
ですが、自分自身の頭の整理も兼ねて、これまでの経緯や現在の取り組みについて、改めて連載のような形で文章にしてみることにします。
まずは、このテーマで研究しようと思ったきっかけについて書きたいと思います。
博士論文の分析結果と宿題
もう10年近く前になりますが、私は博士論文で「職業としての音楽療法士」という研究テーマに取り組んでいました。
色々な音楽療法士にインタビューをし、グラウンデッド・セオリーという方法で分析したのですが、その結果、音楽療法士が職業となっていく上で、「音楽のちから」が重要な役割を果たしていることがわかりました。
これにはいくつかの側面があります。
まず、臨床において音楽療法士は対象者に対して何らかの形で「音楽のちから」を使っており、それが認められる経験が積み重なる中で、徐々に音楽療法士という職業が発展していったという側面があります。
「音楽療法士」ですから、これはある意味で当たり前と言えるかもしれません。
でも、私が注目したのは、「音楽のちから」が持つ別の側面でした。
インタビューを進める中で、多くの音楽療法士が、自分自身と音楽との関係や、音楽に対する思い入れについて語ってくれました。
「もともと音楽が大好き」
「自分が音楽をやりたい」
「音楽に救われた経験があった」
「音楽によって他では代えがたい経験をしてきた」
音楽療法士の仕事は不安定で、望むような待遇を受けられないこともありますが、それでも「音楽の仕事をしたいから頑張れた」と語ってくれた音楽療法士もいました。
まだ十分に確立されているとは言い難い音楽療法士という職業において、「音楽のちから」が音楽療法士たちを支え、この職業の形成過程に大きな影響を与えてきた側面があることが、データから明らかになったのです。
この結果は、私自身の経験に照らし合わせてみても納得できるものでした。
私自身も、音楽がやりたいという思いで、この不安定な仕事を続けてきたからです。
けれどそれと同時に、これは医療職として異色だと思いました。
音楽療法士にとって「音楽」はいわば治療のためのツールのようなものです。
そのツールからセラピスト自身がこれだけの影響を受け、支えられるというのは、他の医療職には見られない特徴ではないでしょうか。
「音楽のちから」が臨床だけでなく職業の形成過程にも大きな影響を及ぼしていることが、音楽療法士という職業の独自性のひとつであり、魅力であり、難しさなのではないかと思いました。
しかし、「音楽のちから」という概念が想像以上に重要であることはわかったものの、博士論文では「音楽のちから」についてそれ以上深めることができませんでした。
そのことは論文の最終審査の際にも指摘されて、それ以来、この「音楽のちから」というテーマが私の中で宿題になっていたのです。
(つづく)