音楽療法プロセスにおける時間と空間の経験 | 第25回日本音楽療法学会シンポジウム(三宅)
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#研究の方法
#プロセスとしての時間
三宅 博子
国立音楽大学教員。日本音楽療法学会認定音楽療法士。兵庫県音楽療法士。「おとむすび・おんがくクラブ」世話人。

私は、「音楽療法プロセスにおける時間と空間の経験」というテーマで、話題提供をしました。
「音楽療法プロセス」というとき、私たちは、ある場所や時間の流れのなかで経験した、一連の出来事のことを思い浮かべるでしょう。時間や空間は、とらえどころのない事象を認識する枠のようなものともいわれます。では、音楽療法プロセスの研究において、時間は過去から現在、そして未来へと、一方向に流れているのでしょうか。
このテーマに興味をもったきっかけは、私が以前に行った、進行性の神経難病を患うクライエントの個別音楽療法の事例研究でした。プロセスは毎回不連続で、予測不可能なことがたくさん起きました。セッションの流れは均質ではなく、バラバラな密度で、停滞したり止まってしまったり、同じような(意味があるかわからない)ことを繰り返すこともありました。しかし一方で、ある瞬間を体験することで、クライエントに対する見方そのものが変わるような出来事もありました(詳しくは三宅, 2009をご覧ください)。私は、ケースをまとめるにあたり、どのように介入してどのような結果に至ったかという効果として言い表すことが難しいと感じたのです。
このことを、時間との関わりから考えてみましょう。音楽療法プロセスを「介入-効果」に還元して考える際には、音楽する前の状態と、音楽した後の状態を直線で結んで比較し、その変化を見ます。ここでは、時計の時間が進むにつれて、発展・向上・苦痛の軽減といった、右肩上がりの線が描かれます。
では、私がクライエントと実際に音楽していたときに感じていたような時間、つまり音楽の経験的な時間は、どこへ行ってしまったのでしょうか。音楽社会学者のTia DeNoraは、「音楽を、イエス・ノー(効果があったかどうか)やビフォー・アフター(音楽する前後)というグリッド線の中に無理やり入れてしまうと、あまりにも多くの重要な情報が失われる」と述べています(DeNora, 2014)。
一方で、このような「直線の」時間性に疑問を投げかけ、経験的な時間の多様性を主張する議論もあります。たとえば、心理学者のやまだようこは、過去~現在~未来を表す「人生のイメージ地図」を一枚の絵に描いてもらう、ビジュアル・ナラティヴ研究をしています(やまだ, 2010)。そこで描かれた絵には、人生航路のように過去から未来へと進むものもあれば、川の流れのように循環するもの、人生の流れのなかで筏(いかだ)のように立ち止まって居るものもあったそうです。このことからやまだは、人生における時間は、必ずしも「発達段階」や「ライフサイクル」のように、一方向的に進むわけではないことを述べています。
また、障害学者のAlison Kaferは、障害のある人の身体性や時間の経験が、障害を治すための直線的な「治療的時間」に押し込められてしまうことを指摘し、それにかわる時間性として「Crip time(クリップ・タイム)」という概念を提起しています(Kafer, 2013)。これは、障害のある人の時間を単なる遅れや不足として捉えるのではなく、別の豊かな時間性のなかで生きていることを示そうとするものです。
*Cripとはもともと障害者に対する差別表現であり、Crip timeは「余分に時間がかかる」を意味するスラングでしたが、障害者の側があえて使うことで、健常者中心の価値観への批判や抵抗の意味を込めています。
では、音楽療法プロセスのなかで経験していた時間を生かすような研究とは、どのようなものでしょうか。これについて、多くの音楽療法士が、臨床プロセスで経験した「意味深い」瞬間をとりあげています(たとえば、Amir 1996, Grocke 1999, Trondalen 2005, Ansdell et al. 2010, Fachner 2014, Coomans 2016)。私も、先に挙げたケースでこのような瞬間を体験しました。その体験を詳しく振り返ることを通じて、私はクライエントを「症状が進行して意思やコミュニケーションが取れなくなっていく存在」から、「その人なりの在り方でそこにいて、表現している存在」と捉え直すようになりました。このケースでの、過去と未来への感覚が変わったのです。
このように、「意味深い瞬間」に着目することは、音楽療法プロセスで起こっていることを知る上で重要な手がかりを与えてくれそうです。しかし同時に、長い時間をかけて少しずつ積み重なっていく変化を丁寧に追っていくことも大切でしょう。目立つ場面や転換点だけを見るのではなく、その瞬間がどのように別の瞬間とつながり、プロセスを形作るのかを見ていく必要があると思われます。DeNoraは、今、ここの出来事を、過去の状況・物事の起こるパターン・関係性と結びつけて捉え、また、未来の出来事をひらくような要素を引き寄せて、結びつけていくことを述べています(DeNora 2013, Care for Music, 2021)。それらを繰り返し、時を重ねることで、「道pathway」、すなわち一人ひとりの歩みや物語が作られていくというのです(Ansdell & DeNora, 2016)。
ここまで、音楽療法プロセスにおいて時間とは、必ずしも過去から未来へと一方向的に流れているのではないことや、経験的な時間の豊かさについて見てきました。こういった経験を、どのように音楽療法研究に生かしていくことができるでしょうか。これから考えていきたいと思います。
▼本企画の企画趣旨・話題提供資料はこちら
参加者とともに音楽療法プロセスを振り返る(伊藤孝子)
語られない「⾳楽のちから」に⽬をむける(三宅博子)
【参考文献】
三宅博子(2009). 音楽的出来事としての音楽療法プロセス―Nくんの事例を通じて. 日本音楽療法学会誌, 9(1), 16–26.
やまだようこ(2010). 時間の流れは不可逆的か?―ビジュアル・ナラティヴ「人生のイメージ地図」にみる、前進する、循環する、居るイメージ. 質的心理学研究, 9, 43–65.
Amir, D. (1996). Experiencing music therapy: Meaningful moments in the music therapy process. In Qualitative music therapy research: Beginning dialogues, 109–130.
Ansdell, G., Davidson, J., Magee, W. L., Meehan, J., & Procter, S. (2010). From “This F*** ing life” to “that’s better”… in four minutes: An interdisciplinary study of music therapy’s “present moments” and their potential for affect modulation. Nordic Journal of Music Therapy, 19(1), 3–28.
Ansdell, G., & DeNora, T. (2016). Musical pathways in recovery: Community music therapy and mental wellbeing. Routledge.
Care for Music. (2021, February 23). Musical events with Gio. Care for Music.
https://careformusic.org/2021/02/23/musical-events-with-gio/
Coomans, A. (2016). Moments of resonance in musical improvisation with persons with severe dementia: An interpretative phenomenological study. Doctoral dissertation, Aalborg Universitetsforlag.
DeNora, T. (2013). “Time after time”: A Quali-T method for assessing music’s impact on well-being. International Journal of Qualitative Studies on Health and Well-being, 8(1), 20611.
https://doi.org/10.3402/qhw.v8i0.20611
DeNora, T., & Ansdell, G. (2014). What can’t music do? Psychological Well-Being, 4, 23.
https://doi.org/10.1186/s13612-014-0023-6
Fachner, J. (2014). Communicating change–meaningful moments, situated cognition and music therapy: A response to North (2014). Psychology of Music, 42(6), 791–799.
Grocke, D. E. (1999). The music which underpins pivotal moments in Guided Imagery and Music. In Clinical applications of music therapy in psychiatry, 197–210.
Kafer, A. (2013). Feminist, queer, crip. Indiana University Press.
Trondalen, G. (2005). Significant moments: Music therapy with young persons suffering from anorexia nervosa. Music Therapy Today, 6(3), 396–429.