船と錨:音楽療法士は「誰」としてクライエントと関わるのか (生野)A boat and an Anchor: As Whom Does Music Therapist Engage with the Client?

船と錨:音楽療法士は「誰」としてクライエントと関わるのか (生野)A boat and an Anchor: As Whom Does Music Therapist Engage with the Client?

公開日:

2026.6.4

    更新日:

    2026.6.4

      • #音楽

      • #関係性

      生野 里花

      お茶の水女子大学基幹研究院研究員。アメリカ音楽療法協会・日本音楽療法学会認定音楽療法士、公認心理師。野花ひととおんがく研究舎主宰。

      音楽療法士がクライエントとの間にどんな太さの・形の・色の境界線を描くか、つまり「誰」になるかは、自分に委ねられている。もちろん倫理上の境界線やしごととしての基準は大前提である。また、その現場がコミュニティとして持っている文化や暗黙の決まりごともある。しかし、いよいよ音楽をはさんで「クライエントと私」として向き合ったそのとき、「誰」になるのかは自分のしごとである。そして「音楽」はこちらが「誰」であるかを結構赤裸々に伝えているにちがいない。

      ある現場でセッションに入ってくれた大学院生の独り言:
      私は、実習生として小グループセッションに参加する中で、あるクライエントが、途中から歌うのをやめ、音楽に合わせて身体を動かし始める様子を目にした。私は、そのクライエントが歌詞を見失っているのだろうかと思い、そばに駆け寄り、歌詞の指さしを行おうとした。すると、そのクライエントは、大きく一度頷いたあと、音楽に合わせて身体を動かし続けた。私は、その時のクライエントの表情と頷きから、「ちゃんとわかってるよ」というようなメッセージを感じた。その時、そのクライエントが「先生」のように感じられ、同時に自分が「生徒」のように諭されているような感覚を得た。私はこのクライエントは、「先生」であることが彼女のアイデンティティであるように感じ、そのアイデンティティを尊重しながら接するにはどのような関わり方ができるか、模索している。

      私が同じ場面を見ていたときの「そのクライエントの心の声」の解釈:
      ああ、この歌、懐かしい。そうそうこういう歌詞だったわね、まわりから響いてくる歌声やピアノの音にふわーっと抱き抱えられるみたい。体が自然に動いてリズムをとっているわ。学生さんがそばに来て歌詞を指している。そう、いい歌よね。今、そこのところよね。あら私、歌っていなかった?それよりなんていい歌。そしてこの歌をいっしょに歌ってくれる学生さん。あなたのみずみずしい若さはほんとうにすばらしいわ。この歌は、私があなたみたいな歳のときも歌ったし、私が教えた生徒とも歌ったかもしれない。あなたといっしょにこの歌を味わえて喜びが倍だわ。あなたへの、そして世界への愛おしい、ありがとうの気持ちをなんとかあなたに伝えたい。でも私の使える社会的表現はもういくつも残っていないの。なんとか繰り出そうとすると、一番近くで手が届く教師のセリフ、教師の表情になってしまうのよ、不器用でごめんなさいね。

      この学生さんと話していて、アイデンティティ(自己同一性)とオーセンティシティ(真正性)という言葉を思い出した。どちらも多義的な外来語で安易に使える言葉ではないが、ちょっと足場として使わせてもらいたい。「アイデンティティ」とは、しばしば社会におけるその人の顔や立ち位置を指す。そして「社会という輪への帰属、貢献」の深い喜びを与えてくれる。それに対して「オーセンティシティ」とはもう一段深いところにある「本来の自分」「人としての存在の実感」のようなものではないか。「オーセンティシティ」を海底に沈んでいる錨とするなら、「アイデンティティ」は海上で活躍する船。船が波風で揺れると錨にもその力は伝わるが、それは穏やかに吸収され、どっしりと受け流される。錨があるので船は安心して海上のしごとをする。 

      さてセッションに戻ろう。私がこの方としばしば「高校三年生」や「仰げば尊し」を歌うのは、この方の教師としてのアイデンティティが強く反応し、味わわれ、語られるからである。さらに音楽療法士としての私は、「きょうは歌えた」「歌えなかった」という「認知面での健康」のアイデンティティにももちろん注目している。しかしこれらは「船」の領域の話、入り口にすぎない。音楽を「音楽的に」使うと、もっと深いところ「人としての存在の実感、愛、感謝」といったオーセンティシティにも届き、そこでやりとりすることができる。そのためには、音楽療法士自身も、自分のオーセンティシティにいつでも届けるようにしておく必要がある。

      海上に見えている船は「教師」でいい、この方が口から出せる言葉も「教師」でいい。「歌えた」「歌えない」の結果は音楽療法士としてしっかり記録して理由を分析しよう。でも、二人とも目と目、耳と耳、心と心で感じとっていた。海の底ではそうした境界線が音楽によってとかされ、「人と人」になっていたことを。その手応えは、この方の海上での「船」の活動を支えるだろう。