世界音楽療法大会@ボローニャ参加・発表記その1 (生野)Report on The World Conference of Music Therapy@Bologna 1 (Ikuno)

世界音楽療法大会@ボローニャ参加・発表記その1 (生野)Report on The World Conference of Music Therapy@Bologna 1 (Ikuno)

公開日:

2026.8.24

    更新日:

    2026.9.23

      • #関係性

      生野 里花

      お茶の水女子大学基幹研究院研究員。アメリカ音楽療法協会・日本音楽療法学会認定音楽療法士、公認心理師。野花ひととおんがく研究舎主宰。

      2026年7月7日から12日にかけてイタリア、ボローニャで行われた世界音楽療法大会に参加、発表しました。最初に言っておくと、世界大会に発表参加することには、物理的・時間的および金銭的大変さ、組織システムへの疑問など、プラスとばかりは言えない側面がいろいろあり、それも話し合われていくべきだと思います。しかしここでそれを論ずるのはいったんやめ、1)参加することで得られたもの、2)生野の発表内容の口語による解説を書き留めたいと思います。

       1)   世界音楽療法大会に 参加・発表することで得られたもの

      3年に一度行われる世界大会の魅力は、こうした機会にしかなかなか顔を合わせられない諸外国の(そして日本の)音楽療法士たちと、会場のあちこちでじかにお会いできること、そしてそれぞれが携えてきた新鮮なおみやげ=発表にも触れられることです。自分がこねくりまわしてきた研究も、日常とはまったく違った背景にぽんと投げてみることで、自分の声の違う響きを聞く、つまり新たな気づきがあったりします。そういう意味では世界大会は、できれば発表を携えて参加することで楽しみが倍増すると思いました。なんというか、"どうせ行くなら踊らにゃソンソン"みたいな空気を毎回感じます。

      というのも世界大会は、基準や査読を経てはいても、そもそも文化・社会情勢・年齢・キャリアが入り乱れているために、内容がコントロールされきっていません。さらに会場は多様な母語の方たちで埋め尽くされているので、コミュニケーションに「忖度」をする余裕がありません。心の中で「え〜〜↑?!」と思うこともしばしばです。それがやりとりに大胆さを生むというか、「すれちがってもともと、わからなくてもともと」という空気が妙なポジティブさを生むような気がします。そして「結局わからなかったこと、すれちがったこと」を帰途や帰国後にひとりで思い返して考えたり、調べたり、通信手段で尋ね直したりするのも、こうした多文化海外遠征のおもしろさだと思います。

       

      2)    生野の発表内容の口語解説:

      What Constitutes the Professional Identity of Music Therapy Practitioners?  − Qualitative Research on “CHANGE” in the Interviews and Dialogues with Japanese Music Therapists –
      音楽療法実践者の職業アイデンティティはどのようなもので構成されているか−「変わる」についての日本の音楽療法士とのインタビュー及び対話の質的研究 –

      【口語解説】
      発表タイトルは、音楽療法士の「職業アイデンティティ」=(音楽療法を実際にやっている人がみんなに向けて示す、仕事としての大事な条件)とは、どんなものからできてているのかー「変わる」という姿勢をひとつ取り上げて、日本の音楽療法士とのインタビューと話し合いを書き取り、そのありさまを整理した研究」です。

      この研究は、りんこまの研究指標ポイント=(このプロジェクトで光をあてたいと思っていること)の中の、「参加者に向けられた療法行為の中で、実践者が自身の存在の経験に着目する再帰性」=(音楽療法は、療法にやってくる参加者に向けて音楽療法士が何かすることとも説明できるけれど、逆に、音楽療法士の心の中に起きていることをじっくり感じ直すことも大事なのではないか)にあたります。この質問のもっと深いところには、私が昔から気になっている「”音楽療法士”って誰なんだろう、それも誰にとって?」というおおもとの質問があります。今さらそんな禅問答(答の出ないなぞなぞ)のような、と思われるかもしれませんが、これには、私自身がむかし音楽療法という世界に入ってきたいきさつがからんでいるようです。

      そのころ私のまわりに「音楽療法士」などという人はいませんでしたし、もちろん学会も学校もありませんでした。つまり私は「音楽療法士」というものを丸ごとわかった上で、「これがいい、これになろう」とめざしたのではありません。そうではなくて、まず音楽家(の、なりそこね)であった自分が、「音楽で人と何かをすること」に興味を持ち、「音楽療法」という世界がわりと近いと思ったのでアメリカの学校に行ってみたことから始まります。学校で習うことは、自分にぴったりくることばかりではありませんでしたが、せっかくなのでそこで資格をとりました。そして日本に帰ってきて呼んでくれる場所で「音楽療法」をやり、そこでぶちあたるテーマについて一回一回悩んだり調べたりしてきたのです。あっという間に30年以上がたちましたが、いまだに私は「”音楽療法士”って誰なんだろう、それも誰にとって?」という質問にしゃっきり答えることができないでいます。むしろ進めば進むほど答から遠のくような、終わりのない深さを感じています。そして…どうもこの質問は私の「好物」(好きで、そばにあると楽しいもの)なのです。

      音楽療法士の「職業アイデンティティ」=(みんなに向けて示す、仕事としての大事な条件)については、本に書かれたり、世の中で知られたり、学校で筋書きにしているきまりがあることは知っていますし、私ももちろんそれを使って仕事をしています。でも、いよいよ音楽療法の参加者と私が、顔と顔をつき合わせて音楽をする瞬間、そうしたきまりは、端っこの方でしか役に立たないとよく感じます。ではいったいそのとき、音楽療法士は真ん中で何につかまっているのでしょうか。音楽療法士の仲間と話をしていると、それが何なのかを考えるのは少し怖かったり、でもワクワクしたり、そこが好きでこのしごとをしているという気持ちがあるようです。でも「うまくことばにはできない」のも感じます。この研究ではそれを、「内的職業アイデンティティ」=(心の奥底にいつもある、仕事としての大事な条件)といったん呼んで考えてみることにしました。

      ところでこの研究の前には、もうひとつの研究*があります。その研究では、コロナでいつもどおりの仕事ができなかったときに音楽療法士達が考えたりしたりしたことについて調べ、その結果「変わる」ということばを見つけていました。これは、音楽療法士のアイデンティティとしておもしろい、大事なことばだと思いました。そこで今度は、この「変わる」について日本の音楽療法士たちがコロナに限らず頭に浮かぶことを話し合った様子を書き出して、細かく分けて整理してみました。そこにあらわれてきたのは、「変わることにひらく」という姿勢が大事にされていることと、それがどんなふうなしくみになっているか、でした。

      音楽療法士のしごとには「変える」というできごとがたくさんあります。「のぞましい方向にクライエントを変える」「クライエントのその日の様子に合わせて音楽療法士がやり方を変える」「施設の都合で音楽療法士のやり方を変えられる」「音楽療法士以外のスタッフの意見に合わせて音楽療法士のやり方を変える」などなど。今回話し合ってもらった音楽療法士たちは、こうした「変える」を毎日こなしている話をしながら、しだいに「変わる」という言葉を使い始めました。

      「変わる」と「変える」は似ているけれど、違うことばです。とくに「変える」ではなく「変わる」というと、誰が・何が変わるのか、どんな力がはたらいたのかが、よくわからなくなります。話し合ってもらっていた音楽療法士たちは、「変える」ではなく「変わる」という見方に気づいたとき、セッションのアイデアが浮かんだり、自分が音楽療法士として新しくどんなふうになれるかに気づいたり、音楽療法ってなんだろうという考えが広がると話されました。そして「変わる」を受け入れ、次に「変わる」が起こることを楽しみにしているようでもありました。

      そこで、今回の研究を「変わることにひらく」ということばでまとめてみたのです。それは、音楽療法士になるための勉強の結果、使えるようになった技術とか、手にいれた知識とかを使って何かをする前の、こころの持ち方、武道でいうなら「かまえ」のようなものかもしれません。

      「職業アイデンティティ」=(みんなに向けて示す、仕事としての大事な条件)というと、「揺るがない強いものを仲間と一緒にしっかり信じて進んでいく」というような感じがしますが、今回の研究から見えてきたのは、それぞれの小さな場所で、一回一回「どうなんだろう、どうしよう」とすりあわせをすることで、自分もまわりも変わっていく、というゆらゆらしたものでした。

      これは日本の音楽療法士だけが感じていることなのでしょうか。また、こういう考えがあると、日本の音楽療法は、他の国とは何かちがう形に育っていくのでしょうか。

      *生野里花;田原ゆみ(2025).「音楽療法士の職業アイデンティティはどのようなもので構成されているのか−COVID-19禍での経験に関するインタビュー分析−」. 日本音楽療法学会誌25(1).