【企画趣旨】質的研究の舞台裏:知りたいことを知るための研究方法をめぐる探索と調整|第26回日本音楽療法学会シンポジウム(田原)

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#研究の方法
田原 ゆみ
日本音楽療法学会認定音楽療法士。横浜相原病院ほか音楽療法士。昭和音楽大学ほか非常勤講師。博士(音楽療法)。
りんこまメンバーを中心とした自主シンポジウム「質的研究の舞台裏:知りたいことを知るための研究方法をめぐる探索と調整」(第26回日本音楽療法学会学術大会)の企画趣旨です。
これまでの流れ
こちらのホームページでもお伝えしている通り、私たちは臨床者でもある立場から、研究として扱われにくいものや、一般的な研究結果では「無かったこと」になりがちなもの(水脈)に光を当て、伝えていくことを目指しています。
昨年の第25回日本音楽療法学会学術大会では「参加者の視点に注目する音楽療法プロセス研究に向けて ~はじめの一歩~」と題した自主シンポジウムを実施しました(昨年のシンポジウムの内容についてはJournalの過去記事をご覧ください)。
今年は昨年のテーマ(研究の発想)から段階を少し進め、研究方法に焦点を当てたシンポジウムをおこなうことにし、具体的な企画については田原が担当することになりました。また、りんこまのメンバーに加えて、音楽スペース「おとむすび」を運営している小柳氏に話題提供をお願いすることにしました。
今回「質的研究の舞台裏」に注目した経緯
世の中には多様な研究方法がありますが、私たちが試みている「臨床プロセスの研究」には質的研究が適していると思われることから、今回は特に質的研究に注目することにしました。
質的研究についてはさまざまな定義がありますが、今回のシンポジウムでは、「人々の行動や経験を自然な環境の中で観察・記録し、その人たちが出来事に与える意味や感じ方を理解・解釈しようとする研究」(Denzin & Lincoln, 2023 より田原による抜粋・翻訳)だと理解しています。
また、なぜ質的研究の結果や成果ではなく「舞台裏」に注目したかと言うと、その背景には私自身の3つの経験があります。以下、少し長くなりますが、順番に説明します。
1.博士論文でグラウンデッド・セオリーに挑戦した経験
私は「職業としての音楽療法士」というテーマで博士論文を執筆し、質的研究方法を用いて分析しました。
その際、多様な質的研究方法の中からひとつの方法に絞るのにとても苦労し、一年近くの歳月を費やしました。
最終的にはグラウンデッド・セオリーという方法を用いることに決めたのですが、研究方法を決めることが最初の難関であることを身をもって体験しました。
また、研究方法を決めた後も苦労は続きました。
グラウンデッド・セオリーという方法は質的研究の中では文献も豊富で、分析手順も比較的明快です。
とは言え、この研究方法はもともと1960年代に社会学の領域で生まれた方法であり、現代の音楽療法士を対象とする私の研究テーマに適用するためには自分自身で調整や工夫をしなくてはならない部分が多々ありました。
「あらかじめ決められた方法を単純に当てはめる」だけでは質的研究をやり遂げることはできないことを学びました。
このように苦労もたくさんありましたが、このグラウンデッド・セオリーという研究方法を体験したことで、私は研究成果以上の発見や学びを得ました。
たとえば、同じインタビューの逐語録でも、研究の初期に読んだのと、分析が進んでから読んだのでは、見えてくるものや感じることがまるで違うのです。
これは私にとって目の覚めるような体験でした。
以上のような経験をしたことから、私は質的研究を実施するプロセスにおいて他の人がどのような体験をしているのか知りたいと思うようになりました。
たくさんある質的研究の中から、どのようにして具体的な研究方法を選んだのだろう?
研究を進める中でどのような壁にぶつかり、どのような調整をしたのだろう?
研究をしたことで、どのような学びや発見があったのだろう?
しかし、論文などを読めば研究成果について知ることはできますが、こういったことについて知ることができる機会はなかなかありません。
2.博士論文執筆後にさまざまな質的研究の存在に触れた経験
博士論文執筆後も、文献や学会などを通して、さまざまな質的研究に触れる機会がありました。
その中で、今も次々に新たな質的研究方法が生まれ、発展していることを知りました。
また、アートベース・リサーチのような、これまでの伝統的な研究からは考えられないようなユニークな方法があることも知り、ワクワクしました。
こういったユニークな方法はどのように生まれ、どのように発展していくのか?
そのプロセスにも興味が湧きました。
3.質的研究を用いた論文を学会誌に投稿した時の経験
企画のきっかけとしては実はこれが一番大きいかもしれません。
りんこまのメンバーでもある生野氏の話題提供の中にも出てくるエピソードなのですが、グラウンデッド・セオリーの方法をもとにした(しかし少しアレンジした)研究を学会誌に投稿した際に、「前例がない」という理由から、原著論文として認められなかったという経験をしました。
もちろん、研究において「前例があるか・ないか」というのは大切なことですし、原著論文にならなかった理由はそれだけではないかもしれませんので、この査読結果について批判しようという意図はありません。
ただ、上にも書いたように、質的研究は「あらかじめ決められた方法を単純に当てはめる」だけでは成り立たず、研究テーマに合わせて独自の調整をする必要があります。
また、次々と新しい研究方法が生まれ、発展している分野でもあるため、「前例があるか・ないか」という視点では、質的研究を正当に評価することは難しいのではないか、と感じました。
この経験から、前例の有無にとらわれず、質的研究のあり方について考える機会を持ちたいと思ったのです。
以上の3つの経験から、質的研究における研究者の経験(特に、論文には書かれない舞台裏)を共有し、音楽療法領域における質的研究について考えたいと思ったことが、今回の企画を考えた背景となります。
質的研究の特徴
ところで、今回のシンポジウムには「知りたいことを知るための研究方法をめぐる探索と調整」という副題がついています。
なぜ「探索」と「調整」なのかは、前述の「1.博士論文でグラウンデッド・セオリーに挑戦した経験」のところで述べた通りですが、この「調整」という部分について少し補足します。
というのも、もしかすると、「研究の際には決められた方法を厳格に適用するべきではないか」「研究者が勝手に方法を調整するなんてけしからん」と思う方もいるかもしれないからです。
たとえば量的研究を基準として考えた場合、「調整」という部分に違和感を持つ方がいても不思議ではないでしょう。
ですので、質的研究に関する文献を引用しながら、この点について補足したいと思います。
Creswell & Poth (2018)によると、質的研究には以下のような特徴があります。
・自然な環境
・研究者自身が主要なツールとなる
・複数の手法を用いる
・帰納的・演繹的論理による複雑な推論をおこなう
・参加者の多様な視点
・文脈依存的
・創発的デザイン
・内省
今回のシンポジウムでは、この中の「創発的デザイン」という特徴に特に注目しています。
この「創発的デザイン」について、文献の中では以下のように説明されています(Creswell & Poth , 2018より 田原による翻訳):
質的研究のプロセスは「創発的(emergent)」なものである。これは、研究開始時に研究計画を厳密に固定することはできず、研究者が現場に入りデータ収集を始めると、研究プロセスのあらゆる段階が変化したり方向転換したりする可能性があることを意味する。
たとえば、研究課題に関する問いが変わることもあれば、データ収集の方法が修正されることもある。また、研究対象となる人々や訪問する調査場所が、研究の進行に伴って変更される場合もある。
この部分を読んでいただければ、質的研究における研究方法は固定的なものではなく、自分のテーマや現実的な状況に合わせて「調整」していく必要があるということがおわかりいただけるかと思います。
シンポジウムの流れ
それでは前置きはそれくらいにして、さまざまな質的研究の舞台裏を一緒に覗いてみましょう。
ここで言う「舞台裏」とは、研究発表や論文では語られないプロセス、迷いや葛藤、得られた学びなどのことです。
本シンポジウムの話題提供者と発表内容、指定討論者は以下の通りです。
話題提供①:生野里花(お茶の水女子大学/野花ひととおんがく研究舎)
「Grounded Theory分析の途中経過を対話に開き、新たな研究段階へと発展させる試み」
話題提供②:伊藤孝子(名古屋芸術大学)
「セッション時間枠の外から音楽療法を捉える試み ~Go alongインタビュー」
話題提供③:小柳玲子(音楽スペースおとむすび)
「内側から見る、一緒に見る、そして変化を共に創る ~参加型研究(CBPR)の試み」
指定討論者:三宅博子(国立音楽大学)
ある程度分析が終わった研究もあれば、今まさに取り組み中の研究もありますが、どの話題提供もユニークで、そして「成果発表」では聞けないようなリアルな声に満ちています。
りんこまのメンバーの一人である三宅氏による指定討論も鋭い示唆に富んでいます。
各話題提供や指定討論の内容については、それぞれの報告ページをご覧ください(今後順次アップしていく予定です)。
最後にひとこと
今回の話題提供に出てくる研究はどれも、音楽療法の領域においては「前例がない」と言われてしまう内容のものばかりですが、皆さんはどのように感じるでしょうか。
「前例がないから、学会誌に載せるのは難しいでしょうね」と思う方もおられるかもしれません。
でも、学会誌に載るかどうかはさておき、「共感できる」「参考になった」「なんだか面白そう」「自分も研究にチャレンジしてみようかな」と思ってくださる方がいるようでしたら、企画者として嬉しく思います。
【参考文献】
Denzin, N.K., & Lincoln, Y. S. (eds.) The SAGE Handbook of Qualitative Research. 6 th ed. (2023)
J. W. Creswell & C. N. Poth. Qualitative Inquiry and Research Design: Choosing Among Five Approaches. 4th edition. (2018)